2007.05.30 wed | はじけてまざれ

知人が漫画雑誌で連載をはじめた。ものすごいことだ。

決められた期間であれだけの量のページを、あれだけのクオリティで作画するだけでもとんでもないことなのに、さらにストーリーもあって、面白くなくちゃいけなくて、続けば続くほど新しい展開を出さなければいけない。読者からの辛辣な声もあるだろうし、声があるうちはまだ良くて、反応がないという恐怖とも常に戦い続けなければいけない。なんて過酷な職業なんだろうと思う。

一番大変だと思うのは、自分で自分を代弁者として立てなければいけないところなんじゃないだろうか。お客さんが居て、その希望や展望を補強したり引き出したりしてものを作るほうが、少なくとも話していく相手はいるし、ゴールだって見えやすい。しかし漫画家はそうはいかない。編集ですら、描き手の名前で出ているものに対して責任を分担してやることはできない。

とはいえ、自分が漫画を読むときはそんなことはまったく考えていない。いちおう視覚表現に関わる仕事をしている身だから、形は違ってもいろんなことに想像をめぐらすことはできるけど、意識しようとしなければ頭には浮かんでこない。ペンのタッチが、カメラワークが、構成が、そういった類のものはあとづけで、読んでるときは夢中にしろ無心にしろ、ただ単に「漫画を読んでる」だけ。それぐらい、漫画は身近でさっと手に取れて、何の気なしに読める。受け手に努力を強いない、もっとも垣根の低いメディアのひとつ。だからこそ多くの人のこころに残って、あのシーンは忘れられないよね、なんてどこかの会社の喫煙室で話題になったり、飲み屋で語り草になったり、新たな出会いにおける話題のきっかけになったりするんだろう。

週間少年ジャンプで連載中の「瞳のカトブレパス」を応援しています。

 

ところでこの作品のヒロインは関西弁を話すんだけど、それを読んでいるときにふと思い出した。「いやー標準語で話す女の子って萌える」って関西に住む友人が言ってたことを。それを聞いて僕は、日本ってけっこう広いんだな、というのと、その観点で行くと関西人は得だな、ということを思ったのでした。テレビつけたらたいがい萌えるわけだよね。

magi <info(at)enil.info>