2007.05.23 wed | サムネイル

昨日の自分の写真を見て、爪が伸びてるなあと思って会社でプチプチと切った。爪を切るって、もっとも手軽にできるリフレッシュのひとつだと思う。自分を正す行為でもあり、どこまでが目標かがわかりやすいから達成感もある。ついクセで白いところが無くなるまで切ってしまう。丁寧に、執拗に。

右手の親指から小指まで切り、左手の親指から小指まで切る。こういうときに自分が左利きなんだなあと実感する。もともと左利きだったのを矯正されたから、箸や鉛筆は右であつかうし、そのほかだいたいのことは右利き用で済ませられる。けど、力が要る場面(固いアイスクリームをスプーンで掘る、ねじまわしを回す、キャップをあける)では勝手に左手を使ってる。何かの競技を行なうとき、例えばボーリングやビリヤード、ダーツ、サッカーでも左だ。

だからって完全に棲み分けができてるかというとそうでもなくて、右用を何の疑いもなく使っているときもある。ギターやマウスがそうだ。初めて触れたのが右用だったし、たぶん両手を使うものだからどっちだってよかったんだろう。

逆に、明らかに右で使ったほうが良いものを左で使ってしまうこともある。ハサミや包丁、自動改札など。自分で左利き用を買えば済むものはともかく、自動改札はかなり困っていた。左で切符を入れようとして別の隙間に入れてしまい、列を止めてしまうことがよくあったものだ。SUICAやPASMOになって一番喜んでるのって実は「右手で改札をどうしても使えない左利きの人」なんじゃないだろうか。

最近気になっていることは、喫茶店でコーヒーを頼んだとき、持ち手が左になるように置かれること。となりの席に座った僕と同じぐらいの年の人たちが「なんで左に置くんだろうね」「左利きのためじゃない?左利きで苦しんでいる人たちのために、ひとときの休息を与えんとしてのことだよ」「そうかなあー」なんて話してたのを聞いて、そう予想した彼はきっと左利きなんだろうと思いつつ、真の理由をしばらく考えていた。たぶん、持ち手を左に置くのは、左手でカップを支えながらミルクを入れ、砂糖を入れてスプーンで混ぜるためなんだと思う。誰か正解を知ってたら教えてください。

コーヒーをすすりながら思い出したのは、江國香織の「流しのしたの骨」という作品で、右利きの深町直人と手をつないだまま食事ができるように、こと子が右手を使わずに食事の練習をするシーン。片手で食事するのって好かないけど、この部分はなんだか特によく覚えていて、好ましいとも思ってる。いっぺん左手で箸を使ってみたら、割と使えてしまって、ちぇ、と思ったこともあった。変に器用ってこと、だから練習することもできない。

左利きの人を矯正するのは良くないみたい。この矯正のおかげで僕は左右を瞬時に判断して発話する能力を失った。よく自動車免許を取れたと思う。そしてタクシーの運転手さん、いつも迷わせてごめんなさい。優柔不断なわけじゃないんです(いや、性格としての優柔不断さはあるけど、目的地に着くためにそんなもの発揮するわけないので)。

 

切り終わった爪をながめて、考えることがある。人間は三ヶ月で、脳以外は全部入れ替わるって話。ふだんはそんなこと意識しないけど、切り終わった爪が集まっているところを見ると、なるほどそれって本当なんだなあと、自分の身体に感心する。特に「脳以外は」ってところに。身体はほっといても入れ替わっていくのに、考えや思いは勝手には入れ替わらず、常に足踏みしていることに。

「より長く走るためには、足を前に出すことを考えるのではなく腕を振ることを考えろ」というのを何かで読んだ。冗談だろうと思ってたけど、実際にやってみるといつもより楽に長い距離を走ることができて、そのとき僕はとても驚いたのだった。もともとは四足歩行していた名残なんだろうか。あるいは走ることに直結しない、動いている部分に意識を注ぐことで、遠回りに前に進むことを意識でき、その余裕がいつもよりも長いスタミナをもたらすんだろうか。

同じように、意識を入れ替えていくためには、自分が少しずつ入れ替わっていることを感じられる儀式が必要なのかもしれない。それによって何かが変わってるわけじゃないんだけど、自分は望むとも望まざるとも変わっていくことが決まっているんだということを。そのために爪を切ったり髪を切ったりして、意識に直結しないけど僕自身であるものが亡くなっていくところを見て、遠回りして、足踏みをしている自分に目を向けられるようになる。それはきっと、いきなり自分に向かっていくよりも、自分に少し優しく、自分に前を向かせることができるアプローチなのだろう。

ちなみにパーマを掛けてからひと月、美容院で「ちょっと重くなったので軽くしてください」と言ったら、パーマが掛かってる部分がほとんど無くなった。いや、それで合ってるんだけど、確かにすっきりしたんだけどさ。悪くないんだけどさ。元に戻っちゃったな。なるほど、元に戻った、か。

 

そういやこのまえ、自分と同じ爪をしている人に出会った。巻き爪なのです。変に親近感が沸いたなあ。爪がいっしょ、ってなんか文学的な気がする、その離れ方と近さの温度差が。そうでもないか。

magi <info(at)enil.info>